サイゼリアで「パスタをペンネに変更できる」は知っていても、イタリア本国のレストランでは頼んでいないパン代を払わされる。
「コペルト(Coperto)」はイタリア語の動詞「coprire(覆う・かぶせる)」の過去分詞形で、直訳すると「覆われた」「かぶせられた」という意味になります。ラテン語の「cooperire(すっかり覆いかぶせる)」が語源で、英語の「covert(秘密の・覆われた)」とも語源的なつながりがあります。
この単語は日常のイタリア語でも幅広く使われています。たとえば「passaggio coperto」といえば「アーケードのある通路(屋根で覆われた通路)」という意味になりますし、「posto coperto(屋根付きの場所)」という使い方もあります。つまり「覆われた・守られた」という本来のニュアンスが、さまざまな場面で生きている言葉です。
レストランの文脈では、「テーブルクロスで覆われたテーブル席」そのものを指すようになったという説が有力で、そこから「席を使用するための料金」という意味に転じたとされています。九段アカデミーのイタリア語解説によれば、中世のイタリアでは客が食べ物を持参してレストランに行く習慣があり、その際に場所の使用料を取っていたことに由来するという説もあります。「posto aperto(野外の場所)」に対する「posto coperto(屋根のある場所)」が語源、という解釈です。
つまり「コペルト」という言葉が示すのは、単なる「パン代」ではないということですね。
コトバンク 伊和辞典:coperto のイタリア語〜日本語訳・用例一覧
イタリアのレストランやトラットリアで食事をすると、注文した料理の代金とは別に「コペルト(Coperto)」という名目の料金が請求されるのが一般的です。レシートに「Coperto €2」などと記載されているのがそれで、1人あたり1〜3ユーロ(日本円で約160〜500円)が相場とされています。
コペルトには、次のものが含まれます。
- テーブルクロスや布ナプキンのクリーニング代
- カトラリー(ナイフ・フォーク・スプーンなど)の準備コスト
- 自動的にテーブルに運ばれるパン(グリッシーニなど)の代金
- 席・テーブルのセッティング全般に関わるコスト
注意したいのは、コペルトは「チップ」とは別物だということです。チップはイタリア語で「mancia(マンチャ)」といい、サービスへの感謝として任意で渡すものです。一方のコペルトは、席についた時点で自動的に加算される固定料金です。「servizio incluso(サービス込み)」とメニューに記載されていない場合は、コペルトに加えてサービス料(10〜15%)がさらに上乗せされる店も珍しくありません。
観光地のレストランでは2人での食事だと料理代以外に5ユーロ以上の追加コストが発生することもあります。これが痛いですね。
コペルトが含まれていない場合、テーブルに残すチップの判断が必要になります。
aceto.jp:イタリアのレストランでのチップとコペルトの違い・渡し方の詳細解説
サイゼリアをよく利用している方は、コペルトを日本の居酒屋における「お通し」と同じようなものだと思っているかもしれません。確かに「頼んでいないのに自動で出てきて、料金も自動でかかる」という構造は似ています。
しかし、成り立ちがまったく違います。
日本のお通し(席料)は、主に「席の予約料金・サービス料」としての性格が強く、食べ物の提供が主目的ではありません。対してコペルトは、テーブルのセッティング・パン・カトラリーという「目に見えるサービスの対価」として長い歴史のなかで定着してきたものです。中世イタリアの文化に根ざしている点が、お通しとの根本的な違いだといえます。
また、コペルトには法的な背景もあります。2007年にイタリアでは「decreto contro-coperto(コペルト反対法令)」と呼ばれる禁止令が出ており、ローマでは1995年の市長条例ですでに廃止されていました。しかし現在も多くの店でコペルトは請求されており、メニューに明記されていれば合法とみなされています。そのため、入店前にメニューの隅にある「Coperto €○○」の記載を確認しておくことが重要です。
コペルトを避けたいなら、テイクアウト(da asporto)を選ぶのが最強の対策です。
olivejournal(アメブロ):イタリア在住者によるコペルトの実態と法令に関する解説
サイゼリアのメニューを見ると、実はイタリア語・ラテン語の宝庫です。コペルトと同じように「覆う・かぶせる」という意味の言葉や、食文化に根ざした語源が随所に隠れています。
たとえば、サイゼリアの定番「ペストジェノベーゼ」の「ペスト(pesto)」は「砕かれた」という意味で、バジルなどを砕いて作ったソースであることを直接示しています。「ペペロンチーノ(Peperoncino)」は「唐辛子」という意味で、英語の「pepper(コショウ)」と語源が同じです。「ポルチーニ」は「子豚」という意味で、キノコの形が子豚に似ていたから名付けられたとされています。
カルボナーラに使われる「グアンチャーレ」は豚の頬肉で、イタリア語の「guancia(頬)」が語源です。「パンチェッタ」はラテン語の「pantex(腹)」が語源で、豚バラ肉のハムのことを指します。どちらもコペルトと同様、語源を知るとその料理のイメージが格段に鮮明になります。
これは使えそうですね。
サイゼリアのメニューは「La Buona Tavola(おいしい食卓)」という言葉で始まり、「La Buona(ラ・ブオーナ)」はイタリア語で「良い・美味しい(女性形)」、「Tavola(タヴォーラ)」は「テーブル・食卓」という意味です。コペルトが「テーブルを覆うもの」という意味を持つことを知ると、「Tavola」と深いつながりを感じます。
サイゼリアのメニューを読むだけで、イタリア語の基礎が身に付くということですね。
Nostra Vita:サイゼリヤのメニューから学ぶイタリア語・ラテン語雑学100選
「コペルト」にはレストランの席料とはまったく別に、クラシック声楽の専門用語としての意味があります。これはほぼ知られていない独自の視点です。
ベルカント唱法(オペラ歌手が使う伝統的なイタリアの発声技術)において、「コペルト(coperto)」は「声を覆う・かぶせる」という発声技法を指します。「覆う」という元の意味がそのまま使われているわけです。これはアペルト(aperto=開く)と対をなす概念で、高音域において声帯を適切にコントロールし、声に奥行きとくぐもりを持たせる技術です。
実際には喉頭を下げ、声道の空間を広げることで、声が「覆われたような」柔らかく丸みのある響きになります。これを行うと声は少しくぐもったような音になるのが特徴です。オペラ歌手がマイクなしで2000人規模のホールに声を響かせることができるのも、このコペルト技法を含むベルカント唱法の力によるものです。
一方の「アペルト(aperto)」は「開いた・平べったい声」を指し、日本語で「ひらの声」と表現されることもあります。コペルトとアペルトのバランスを取る技術こそが、声楽の高音発声における最重要課題とされています。
つまりコペルトは「覆う」という1つの語源から、食文化と芸術文化の両方に深く根を張った言葉だということです。
note(渡辺正親):声楽における「コペルト」の咽頭操作と実践的な解説