「手作業より機械の方が抽出量が少ない」と思っていると、サイゼリヤの赤ワインを選ぶときに損をするかもしれません。
まず大前提として、ルモンタージュとピジャージュはどちらも赤ワイン専用の工程です。白ワインは果皮を使わずに果汁だけを発酵させるため、そもそもこの作業は必要ありません。赤ワイン醸造だけの知識ということですね。
赤ワインを造るとき、ブドウは果皮・果肉・種子ごとタンクに入れられて発酵が始まります。すると、発酵で発生する炭酸ガスの力によって果皮や果肉の固形分が液面の上に浮き上がり、固まった層をつくります。この層のことを「果帽(かぼう)」と呼びます。果帽はちょうど、コーヒーを淹れるときにドリッパーの上に豆のカスが浮いて固まる状態に似ています。
果帽がそのまま放置されると、3つの問題が起きます。まず、液体に含まれる酵母に酸素が届かなくなり、発酵が不均一になります。次に、色素やタンニン・香り成分が果帽に閉じ込められたまま抽出されなくなります。そして果帽の表面がバクテリアやカビにさらされ、ワイン全体に悪影響が出ます。つまり果帽を崩す撹拌作業は、美味しい赤ワインを造るために絶対に欠かせない工程です。
この撹拌作業を「ポンプで液体を循環させて行う方法」がルモンタージュ、「棒や足で果帽を直接押し込む方法」がピジャージュです。目的は同じですが、アプローチが正反対と言えます。
ルモンタージュ(ポンピングオーバー)の詳細解説 — Firadis Wine Club(ワイン専門商社によるコラム)
ルモンタージュは英語で「ポンピングオーバー(Pumping Over)」とも呼ばれます。タンクの底に設置されたポンプで発酵中の果汁(ワイン液)を吸い上げ、パイプを通じてタンク上部から果帽全体に均一にかけ戻す方法です。大型タンクにも対応できる機械的な作業で、ボルドーの大手ワイナリーで特に多く採用されています。液体が空気に触れる量が多いため、酵母の活動が活発になりやすいという特徴もあります。
一方、ピジャージュは英語で「パンチングダウン(Punch Down)」と呼ばれます。文字通り、上から果帽を「パンチ」して液体の中に押し込む作業です。専用の棒(櫂:かい)で突き崩す方法のほか、昔ながらの方法では人が足でタンクに入って踏みつける方法もあります。ブルゴーニュの小規模な生産者に多く見られる手法で、繊細なワイン造りを目指す場合に好まれます。
操作の感触は全く異なります。ルモンタージュは水流を利用した「洗い流す」イメージ、ピジャージュは直接圧力をかけて「揉み込む」イメージです。この違いが、最終的なワインの風味に大きな影響を与えます。
| 項目 | ルモンタージュ | ピジャージュ |
|------|--------------|------------|
| 英語名 | Pumping Over | Punch Down |
| やり方 | ポンプで汲み上げ上から注ぐ | 棒や足で果帽を押し込む |
| 向いている規模 | 大規模ワイナリー向き | 小規模・手仕事向き |
| 代表産地 | ボルドー | ブルゴーニュ |
| 抽出の性質 | 穏やかで均一 | 速くて局所的 |
| 安全性 | 比較的安全 | 炭酸ガスによる危険あり |
ここが最もよく誤解される部分です。「人力で直接押し込むピジャージュの方が、成分をたくさん抽出できる」と思っている方が多いのですが、実はその逆のケースが多いのです。意外ですね。
ピジャージュとルモンタージュの効果を比較した実験によると、色素やタンニンなどの抽出物の総量は、ルモンタージュの方が多くなる結果が出ています(nagiswine.com / 2022年調査)。理由は主に2つあります。1つ目は、ルモンタージュはポンプで大量の液体を循環させるため、果皮と液体が接触する面積が圧倒的に広くなること。2つ目は、循環の際に酸素を多く含んだ液体が果帽全体に届くため、酵母の活動が活性化し抽出効率が上がることです。
ただし、「抽出量が多い=良いワイン」とは必ずしもなりません。そこが重要です。ルモンタージュの方が抽出効率は高いものの、過剰な抽出になると果実味が失われ、収斂感の強いワインになってしまいます。ピジャージュは抽出は穏やかですが、局所的に強く圧力をかけるため、短時間でしっかりした色と風味を引き出せます。つまり一言で言えば「量はルモンタージュ、繊細さはピジャージュ」が基本です。
サイゼリヤのような手頃なイタリアワインでは、大規模ワイナリーによるルモンタージュ主体の醸造が多く採用されています。安価でも十分な色調と飲みやすい風味を実現しているのは、この効率的な抽出手法のおかげとも言えます。
ピジャージュに関して、ワイン愛好家がほとんど知らない事実があります。実はピジャージュは、ワイン醸造における最も危険な作業の1つとして知られているのです。過去に複数の死亡事故が起きています。
発酵中のタンクでは、アルコール発酵の副産物として大量の二酸化炭素(炭酸ガス)が発生します。二酸化炭素は空気より重いため、タンクの底に溜まります。人が作業のためにタンクの中や近くに入ると、いつの間にか炭酸ガスが充満した環境に置かれてしまいます。吸い込みすぎると意識を失い、もろみの中に落下してそのまま溺死するリスクがあるのです。ブルゴーニュの若い醸造家がピジャージュ中にタンクへ転落して亡くなった事故も記録に残っています。危険な作業ですね。
現代では、この危険性を回避するために機械式のパンチングダウン装置(自動ピジャージュ)が普及しています。コンピューター制御でタンクに取り付けられた棒が自動で上下し、人が近づかなくても果帽を押し込めるようになっています。ブルゴーニュのドメーヌでも機械式への移行が進んでいます。
対照的に、ルモンタージュはポンプとパイプを使う作業なので、人がタンクの中に入る必要がありません。安全面でルモンタージュが好まれる理由の1つです。安全性が条件の1つです。ワインのグラス1杯の裏に、こうした醸造現場のリスク管理があることを知っておくと、いつもより少し味わいが変わります。
ピジャージュの詳細解説と危険性 — ワインリンク(ワイン専門用語辞典)
サイゼリヤの赤ワインは、税込100円のグラスワインから1,100円のマグナムボトル(1.5L)まで展開されています。圧倒的なコストパフォーマンスの理由の1つは、イタリア・モリーゼ州の契約ワイナリーから直輸入し、流通市場を経由しないことです。そして、そのワイナリーでの醸造効率の高さにも、ルモンタージュ中心の作業が貢献していると考えられます。
実際に、サイゼリヤの赤ワインを注文してテイスティングしてみると、穏やかなタンニン・爽やかな酸味・フレッシュな赤果実の風味が感じられます。これはまさに、過剰な抽出を避けたルモンタージュ主体の醸造スタイルの特徴です。強すぎる渋みがなく料理との相性も良い、という設計思想が味わいに反映されているわけです。
ここからが独自の視点です。もし「もっとしっかりしたタンニンのワインが好き」という場合は、サイゼリヤのメニューの中でもキャンティ・ルフィナ・リゼルバ(赤・辛口)を選ぶのがおすすめです。キャンティ・ルフィナはサンジョベーゼ種を主体とし、比較的長い発酵管理が行われているため、程よい渋みと複雑な風味を楽しめます。ピジャージュ的な「短時間での強い抽出」が活きたワインに近い印象です。
逆に「渋みが少なくて飲みやすい赤が好き」という方には、モリーゼ産のデカンタワインがぴったりです。ルモンタージュ由来の均一で穏やかな抽出が生きた、日常的に飲みやすいスタイルです。ルモンタージュかピジャージュかを意識しながらグラスを傾けると、味の感じ方がきっと変わってきます。これは使えそうです。
ワインの知識は、高価なワインのためだけにあるものではありません。100円のグラスワインでも、醸造工程の違いを理解することで全く新しい楽しみ方ができます。サイゼリヤのワインを通じてワイン醸造の基礎を学ぶのは、実はとても合理的で楽しい入り口です。