サイゼリヤの赤ワインのあの"程よい渋み"は、ピジャージュかルモンタージュをしなくても自然に生まれると思っていませんか? 実は、何もしないと酢酸菌が繁殖して1本まるごと酢になるリスクがあります。
赤ワインを発酵させると、タンク内で不思議な現象が起きます。発酵によって大量の炭酸ガスが発生し、そのガスの浮力によって果皮・種子・果梗といった固形物がどんどん液面上へ押し上げられます。この層を「果帽(かぼう)」と呼び、まるでフタのようにワインの液面を覆ってしまいます。
果帽が長時間放置されると、空気と直接触れた部分から酢酸菌などのバクテリアやカビが繁殖し始めます。最悪のケースでは、ワインが食用酢になってしまうリスクすらあるのです。これは防ぎたいですね。
そこで登場するのがピジャージュ(Pigeage)です。フランス語でいう「パンチダウン」、つまり果帽を上から力を加えて押し込む作業です。伝統的な方法では、生産者みずから足でブドウを踏み込んでいました。現代でも少量生産の高級ワインでは職人が素足で樽に入り、この作業を行うシーンが見られます。一般的には長い棒状の「櫂(かい)」と呼ばれる道具を用いて人力で押し込む方法が主流です。最近ではコンピューター制御の機械式ピジャージュ装置を導入するワイナリーも増えています。
果帽に直接圧力をかけることで、果皮に含まれる赤い色素のアントシアニンや、あの独特の渋みの主成分であるタンニン、そして香気成分などが一気にワインへと溶け出します。局所的で素早い抽出が特徴です。
ただし、注意点があります。ピジャージュを頻繁にやりすぎると過剰なタンニンが溶出し、飲んだときに口の中がギュッと引っ張られるような強い収斂感が出てしまいます。サイゼリヤの赤ワインのような「程よい渋みで飲みやすい」スタイルを目指すなら、ピジャージュの強さと頻度の調整が非常に重要です。つまり適量が条件です。
また、ピジャージュ作業中はもう一つの危険が潜んでいます。発酵で大量に発生した二酸化炭素(炭酸ガス)がタンク内に充満するため、換気が不十分な場所で作業すると酸素欠乏による事故リスクが高まります。これが現代でも機械化が進む大きな理由のひとつです。
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ルモンタージュ(Remontage)は英語では「ポンピングオーバー(Pumping Over)」とも呼ばれます。ピジャージュが「上から押し込む」のに対し、ルモンタージュはタンクの底からポンプでワインを抜き出し、上部の果帽めがけて振りかけて戻すという液体循環型の作業です。
作業の流れはシンプルです。タンク下部のバルブからポンプで発酵中のワインを抜き取り、パイプで上部まで送り込み、果帽全体に均等に散布します。これにより果帽が液体に押し込まれ撹拌が完了します。この一連の操作を1日あたり2〜3回繰り返すのが一般的です。
ルモンタージュの最大の強みは大型タンクへの対応力です。数千リットル、数万リットル規模のタンクで人力のピジャージュを行おうとしたら、それだけで膨大な労力が必要です。ポンプを使ったルモンタージュなら機械化・自動化がしやすく、効率的に大量のワインを均一に撹拌できます。ボルドーの大手シャトーが好んでルモンタージュを採用するのも、この作業効率の高さが理由です。
一方で、ポンプによる液の循環は大量の酸素をワインに取り込みやすいという側面があります。酸素が増えれば酵母の活動が活性化し発酵のスピードが上がります。しかしそれが「過度な促進」につながると、かえってワインの風味の繊細さが失われることがあります。ゆっくり丁寧に仕込みたいという生産者が、あえてルモンタージュを避けてピジャージュを選ぶのはそのためです。意外ですね。
抽出の性質も異なります。ルモンタージュは穏やかで均一な抽出が得られるのに対し、ピジャージュは局所的で速い抽出が特徴です。前者は「柔らかくバランスの取れた赤ワイン」、後者は「濃厚でストラクチャーのある赤ワイン」に仕上がりやすい傾向があります。
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ピジャージュとルモンタージュは「果帽と液体を混ぜる」という同じ目的を持ちながら、アプローチがまったく異なります。サイゼリヤの赤ワインを楽しむうえで、この違いを知っておくと味の背景が見えてきます。
まず大前提として、どちらの作業も赤ワイン醸造専用の工程です。白ワインは果皮を除いた果汁だけで発酵させるため、果帽そのものが生まれません。白ワインに関してはピジャージュもルモンタージュも不要ということですね。
以下に両者の特徴を比較して整理しましょう。
| 比較項目 | ピジャージュ | ルモンタージュ |
|---|---|---|
| 英語名 | パンチダウン(Punch Down) | ポンピングオーバー(Pumping Over) |
| 操作方法 | 果帽を上から押し込む | タンク底から汲み上げて上から注ぐ |
| 抽出の性質 | 局所的・速い | 均一・穏やか |
| 酸素供給 | 短時間で一時的に増加 | 穏やかで持続的な供給 |
| 向いている規模 | 小規模・手作業向け | 大規模・機械化向け |
| 多い産地 | ブルゴーニュなど | ボルドーなど |
| 得られるワインの特性 | 濃厚で構造感がある | 柔らかくバランスが良い |
実際の現場では、これらを単独で使うのではなく組み合わせて使うことも多いです。たとえば発酵の初期段階ではピジャージュで色素を素早く引き出し、中盤以降はルモンタージュで穏やかに均一性を保つ、という使い分けが一般的です。両方を組み合わせるのが原則です。
さらに近年ではデレスタージュという手法も注目されています。タンク内のワインをすべて一度抜き出し、その際に種子を除去してから戻し入れる大胆な方法です。種子のタンニンが除去されるため、よりシルキーで舌触りのなめらかなワインが生まれます。炭酸ガスを利用した自動撹拌や回転式発酵タンクなど、テクノロジーの進化でこの分野の手法は年々広がっています。
サイゼリヤの赤ワインが「グラス1杯100円なのになぜ美味しいのか」と感じたことはないでしょうか。その答えは、醸造工程の知識を持って見ると一層はっきり見えてきます。
サイゼリヤのハウスワイン(赤・白)は、イタリア中部のモリーゼ州にあるサイゼリヤ専用の契約ワイナリー「カンティーナ・クリテルニア」で生産されています。モリーゼ州はイタリアの州の中でも最も知名度が低いマイナーな産地のひとつ。まるでブーツ型のイタリア半島の足首あたりに位置し、地中海から涼しい海風が吹き込む恵まれた環境です。
赤ワインに使われる品種はモンテプルチアーノ(Montepulciano)。中部イタリアを代表する土着品種で、適度なタンニンと爽やかな酸味、ミネラル感のある飲み口が特徴です。この品種の特性を活かすには、ピジャージュやルモンタージュで「過剰抽出にならない適切な撹拌」が必要です。強くやりすぎると渋みが出すぎ、弱すぎると色も味も薄くなります。バランスが条件です。
コストを抑えながら品質を維持できる理由は2つあります。第一に中間業者を介さず現地ワイナリーと直接契約することで余分なマージンが発生しません。第二に、一括大量ボトリングではなく必要量をその都度ボトリングする方式を採用しているため、在庫の保管コストや品質劣化のリスクを最小化しています。輸送には15℃前後の定温コンテナを使い、温度変化による品質劣化を防いでいます。
これほど徹底した管理をしているからこそ、1杯100円でも「何にでも合う」バランスの良い赤ワインが実現できているのです。
激安サイゼリヤワインの真相——専用ワイナリーや輸送管理など安さと品質の秘密を詳解(晩酌エッセイ)
ピジャージュやルモンタージュの知識は、実はサイゼリヤでのオーダーに直結します。これは使えそうです。
ピジャージュを強く・多く行って仕込んだワインは、濃厚でタンニンの存在感が強め、構造がしっかりしています。このタイプには脂の多い肉料理が合います。サイゼリヤなら「イタリアンハンバーグ」や「ミラノ風ドリア」との組み合わせが正解です。タンニンが肉の脂と絡み合って、互いの旨みを引き出す「第三の味」が生まれます。
一方、ルモンタージュ中心で丁寧に仕上げた赤ワインは、柔らかく均一な口当たりで飲みやすさが際立ちます。こちらはトマト系のパスタや軽めの肉料理とよく合います。サイゼリヤの定番「パルマ風スパゲッティ」や「ミートソースボロニア風」はこのタイプとの相性が抜群です。サンジョベーゼ種を使ったキャンティシリーズも、トマトの香りとの親和性が高く、まさにトマトソースのパスタに向いています。
サイゼリヤのハウスワイン(マグナム赤)はモンテプルチアーノ種を使い、ルモンタージュ寄りの穏やかな撹拌で仕上げたと推測されます。実際、ソムリエの田邉公一氏は「中庸さが個性」「テーブルワインとして非常に優秀」と評しています。何にでも合う原則です。
一方、サイゼリヤの限定店舗で扱う「サリーチェ・サレンティーノ・リゼルバ(2,200円)」のような上級赤は、南イタリアのプーリア州産でピジャージュ中心の丁寧な手作業醸造が施されています。ネグロ・アマーロ(黒くて苦い)という品種名が示すとおり、濃厚な果実味と構造感が際立つため、辛味系チキンや脂のある肉料理を合わせると、甘辛い旨みが互いに高め合う面白いペアリングが楽しめます。これは知っておきたい情報ですね。
ピジャージュとルモンタージュを「誰が何のためにどう使ったか」という視点でラベルや説明書きを読み解くと、サイゼリヤのメニューを選ぶときの判断精度が格段に上がります。次回の来店時、産地や品種の情報からどちらの手法が使われているかを想像してみると、ワインの一杯がまた違う味わいになるはずです。
ソムリエ田邉公一さんが選ぶサイゼリヤのコスパ最強ワイン——ペアリングの具体的提案と各銘柄の醸造背景解説(SPUR.JP)