サイゼリヤのペペロンチーノが300円でも、本場ナポリの1795年創業工場の麺を使っているのはあなたの大きな得です。
ナポリ料理の話をするとき、パスタの「生まれ故郷」として必ず名前が出るのが、ナポリ近郊の小さな街「グラニャーノ(Gragnano)」です。16世紀(1500年代)、ここで世界初の商業用乾燥パスタが作られたとされており、現在もIGP(保護原産地呼称制度)に認定された「パスタ発祥の地」として世界中にその名を知られています。
グラニャーノパスタの最大の特徴は、「トラフィーラ(bronzo)」と呼ばれるブロンズ製のダイスを使った伝統製法にあります。ブロンズダイスで押し出されたパスタは表面にわずかなザラつきが生まれ、そのおかげでソースがよく絡むのです。さらに、低温でじっくり長時間乾燥させることで、小麦本来の香りと甘みが麺にしっかりと残ります。これが工場製の安価なパスタとは一線を画す理由です。
実は、サイゼリヤはこのグラニャーノにある1795年創業の老舗パスタメーカーと長年取り組みを続けており、その伝統製法で作られた麺を輸入しています。年間の使用量はなんと国内だけで1万tを超えるほどです。東京ドームの容積に換算するとおよそ8杯分にもなる量の麺が、毎年サイゼリヤのキッチンで茹でられていることになります。低価格で提供しながらも本物の麺にこだわっているのです。
つまり本格ナポリパスタです。サイゼリヤのペペロンチーノ1杯が300円代という価格でありながら、本場ナポリの伝統を受け継いだ麺を使っているという事実は、多くの人が知らずに損をしているポイントかもしれません。
参考:サイゼリヤの公式ページで、グラニャーノ産パスタへのこだわりが詳しく紹介されています。
ナポリを代表するパスタといえば、「スパゲッティ・アッラ・プッタネスカ(Spaghetti alla puttanesca)」を外すことはできません。18世紀の料理書にはすでにナポリ地方で広く食べられていた記録があるほど、長い歴史を持つ料理です。
「プッタネスカ」という名前は、直訳すると「娼婦風」という意味を持ちます。意外ですね。その名の由来には諸説ありますが、「買い物に行く時間のない忙しい女性たちが、家にある保存食だけで手早く作った料理」という説が有力です。材料を見ると、スパゲッティ・アンチョビ・ブラックオリーブ・ケッパー・にんにく・唐辛子・ホールトマトと、すべて常温で長期保存できる食材ばかりなのがわかります。
この組み合わせは、一見シンプルに見えますが、味わいは非常に複雑です。アンチョビの旨み・ケッパーの酸味・ブラックオリーブの塩気・唐辛子の辛み・トマトの甘みがぶつかり合い、重層的な風味を生み出します。これがナポリ料理の哲学でもある「貧しい食材でも、組み合わせ次第で最高の一皿になる」という考え方を体現しています。
ナポリはもともと裕福な土地ではありませんでした。だからこそ保存食を上手く組み合わせるレシピが発達したのです。プッタネスカは、そんなナポリの庶民の知恵が凝縮した料理といえます。現代イタリアでは「ナポリのパスタといえばこれ」というほどの定番になっており、日本のナポリタンとは似て非なる、本物の「ナポリ風パスタ」として世界中で愛されています。
自宅で再現するなら、市販のホールトマト缶(約100円)、アンチョビフィレ(3本)、ブラックオリーブ(6粒)、ケッパー(小さじ1)があれば十分です。材料が条件です。特別な素材を揃える必要はありません。
参考:プッタネスカの由来・材料・作り方を詳しく解説したページです。
スパゲッティ プッタネスカ – 渡辺陽一 ナポリ料理研究家ブログ
「アーリオ・オーリオ(Aglio e Olio)」とは、イタリア語でそれぞれ「にんにく」「オリーブオイル」を意味します。この2つだけを使ったシンプルなソースこそが、ナポリ料理パスタの最も根本にある考え方を示しています。
ナポリではにんにくを料理のベースとして使う文化が根付いています。料理をにんにく臭くするためではなく、あくまで他の食材の旨みを引き出す「縁の下の力持ち」として使われます。実際、ナポリに住んでいた日本人の料理研究家・渡辺陽一氏も「ほとんどの料理ににんにくを使うのに、料理がにんにく臭いということはない」と述べており、ナポリ人のにんにくの使い方は他とは一線を画した繊細なものだといいます。
アーリオ・オーリオにさらに赤唐辛子を加えたものが、誰もが知る「ペペロンチーノ(Peperoncino)」です。ペペロンは唐辛子という意味で、厳密にはペペロンチーノはアーリオ・オーリオのバリエーションのひとつにすぎません。本場イタリアでは、唐辛子の辛みよりもにんにくとオリーブオイルの風味を前面に出すことが重視されており、日本のように辛さを強調する食べ方とは異なります。
サイゼリヤのペペロンチーノがシンプルに仕上げられているのはそのためです。日本人にはやや物足りなく感じる方もいるかもしれませんが、それこそがナポリ料理本来のスタイルです。もし試すなら、サイゼリヤのペペロンチーノに卓上のエクストラバージンオリーブオイルを少し追加してみてください。にんにくの香りとオイルのまろやかさが一気に増し、より本場ナポリのアーリオ・オーリオに近い味わいになります。これは使えそうです。
参考:ペペロンチーノの日本と本場イタリアの違いについて詳しく解説されています。
ペペロンチーノは「絶望のパスタ」?日本と本場イタリアでどう違うのか
「ナポリ料理といえばトマト」というイメージは今や世界の常識ですが、実はトマトがナポリ料理に根付いたのは、歴史的に見るとかなり遅い時期のことです。トマトはもともと16世紀にスペインの航海家によってヨーロッパへ持ち込まれましたが、当初は「有毒な植物」と思われていたため観賞用にしか使われていませんでした。やがて18世紀になり、飢饉に苦しむ南イタリアの人々がやむなく食べ始めたことでトマト食が広まったとされています。
歴史的にトマトベースのソースを記した最初のイタリア料理書は、ナポリ在住のスペイン人料理人アントニオ・ラティーニが1692年に書いたレシピ本に登場します。そしてトマトをパスタに合わせたレシピが初めて登場するのは1776年のことです。つまり「トマトパスタ」の歴史はまだ約250年程度しかないことになります。意外ですね。
しかし一度組み合わさると、ナポリのトマトとパスタは切り離せない存在になりました。特に有名なのが、ヴェスヴィオ火山の麓で育つ「ピエンノロトマト(Pomodorino del Piennolo del Vesuvio)」で、EU地理的表示保護(DOP)を受けた希少品種です。このトマトは夏に収穫した後、軒先に吊るして春まで自然乾燥させて保存する伝統があり、旨みが凝縮されて他のトマトとは全く異なる深い味わいになります。
ナポリ人のトマトの使い方は、日本人が醤油を使うのに似ていると表現されることがあります。たっぷり使う料理もあれば、あさりのスパゲッティのようにチェリートマトを数個加えるだけの場合もあります。全面に出す使い方と、風味づけとしての使い方を使い分ける点が、ナポリ料理の繊細さを物語っています。トマトの使い分けが原則です。
参考:ナポリ料理の特徴と歴史的背景が、現地在住の料理研究家の視点で詳しく書かれています。
ナポリ料理とは(La cucina napoletana)– 渡辺陽一 ナポリ料理研究家ブログ
多くのサイゼリヤファンが「ナポリタン=ナポリの料理」と思っているとしたら、それは大きな誤解です。日本で喫茶店や洋食屋の定番として愛されている「スパゲッティナポリタン」は、実はナポリとはまったく関係のない日本生まれのパスタ料理です。
その発祥については諸説ありますが、最も有力なのは「第二次世界大戦後、横浜のホテルニューグランドで当時の総料理長・入江茂忠氏が考案した」という説です。戦後の物資不足の中、米軍が食べていたケチャップとスパゲッティを組み合わせたものが原型といわれています。当初はフレッシュトマトを使ったものでしたが、入手しやすいケチャップに置き換えられることで一般家庭にも広まりました。つまり、誕生したのは戦後日本、場所は横浜です。
本場ナポリには「ナポリタン」という料理は存在しません。一方、「スパゲッティ・アッラ・ナポリターナ」と呼ばれる料理は存在しますが、これはにんにく・トマト・塩・バジルだけのシンプルなトマトパスタで、ケチャップは一切使いません。ソーセージ・ピーマン・玉ねぎを炒めてケチャップで味付けする日本のナポリタンとは、まったく別の料理です。
ただし、これは日本のナポリタンが「劣っている」という話ではありません。むしろ、日本独自の工夫で進化した料理として、近年イタリア人シェフからも評価されるケースが増えています。有名シェフがナポリタンを食べて驚いたり、日本とイタリアの食文化の架け橋として再注目されたりと、逆輸入的なブームも生まれています。
サイゼリヤでナポリ発祥のパスタを楽しみたいなら、ペペロンチーノ(300円)やアラビアータが特におすすめです。これらはナポリ料理の哲学である「シンプルな素材で最高の風味を出す」という考え方を忠実に体現したメニューです。「同じトマト系パスタでも、日本のナポリタンとはまったく違う」と意識して食べると、より深い味わいの違いに気づけるはずです。
| 比較項目 | 🇯🇵 日本のナポリタン | 🇮🇹 本場ナポリのパスタ |
|---|---|---|
| 発祥 | 横浜(戦後日本) | ナポリ(南イタリア) |
| 主なソース | ケチャップベース | トマト・オリーブオイル・アンチョビなど |
| 麺の茹で加減 | やや柔らかめ(表示より+1分) | アルデンテ(芯が残るかため) |
| 代表的具材 | ソーセージ・ピーマン・玉ねぎ | アンチョビ・ケッパー・オリーブ・魚介 |
| イタリアでの知名度 | ほぼ知られていない | 世界中で食べられている |
参考:ナポリタンの発祥と歴史について詳しくまとめられた記事です。
「ナポリタン」はナポリにない?横浜のホテルから始まった戦後の物語 – typefood