サルサ・ヴェルデなしでボッリートを食べると、味の9割が損になります。
「ボッリート(Bollito)」とはイタリア語で「茹でた」という意味の言葉です。つまりボッリートとは、茹でることそのものを料理名にした、極めてシンプルかつ正直な名前を持つ料理といえます。
主役は肉です。牛すね肉・鶏もも肉・牛タン・仔牛肉・ソーセージなどを、香味野菜とともに大鍋でゆっくりと煮込みます。セロリ・にんじん・玉ねぎの三点セットにローリエを加えた香味ベースは、まるで家庭のオルガン三重奏のようにそれぞれが脇役に徹しながら、肉の旨みを引き出します。
調理時間は最低でも2〜3時間。長いものでは4時間以上コトコトと鍋を火にかけ続けます。この時間こそが、肉をほろほろに柔らかくし、スープに深い旨みを溶け込ませる秘訣です。
「ボッリート・ミスト(Bollito Misto)」という名前も頻繁に登場します。「ミスト」はイタリア語で「ミックス」を意味し、複数の部位・種類の肉を同時に茹でた盛り合わせバージョンのことです。これが基本形です。
つまりボッリート=茹で肉料理、ボッリート・ミスト=ミックス盛り合わせの茹で肉料理、ということですね。
| 名称 | 意味 | 特徴 |
|---|---|---|
| ボッリート | 茹でた(もの) | 茹で肉料理の総称 |
| ボッリート・ミスト | 混ぜ茹で | 複数の肉の盛り合わせ版 |
| グラン・ボッリート・ミスト | 大いなる混ぜ茹で | ピエモンテ州の最上級バージョン |
サイゼリアが大好きな人なら「煮込み系の料理って何が違うの?」と思うかもしれませんが、ボッリートの核心は素材の味をそのまま引き出すことにあります。味付けはほぼなし。食べるときにソースで自分好みに仕上げるというスタイルは、シンプルなイタリアン好きの心に刺さるはずです。
ボッリートの歴史は中世まで遡るといわれています。発祥地は北イタリア・ピエモンテ州。意外なことに、この料理はもともと農民料理でした。
売れ残った肉・安価な部位・脂身の多い端材を、とにかく一緒に鍋に入れて煮込む。そうやって生まれた「余り物処理の一品」が、数百年の時を経て北イタリアを代表する郷土料理へと昇格したのです。
これは農民の知恵でした。長時間茹でることで硬い部位も柔らかくなり、旨みが溶け出したスープは身体を芯から温めてくれます。さらに台所にある素材でソースを作り、毎日同じ肉でも味を変えながら食べられる。コスパ最強の冬のごちそうだったわけです。
ところが同じピエモンテでは、王室の狩猟文化もこの料理の進化に関係しています。狩猟で仕留めた多種多様な肉を「ひとまとめに煮る」豪快なスタイルが定着し、そこに7種類ものソースを添えるという格式が加わっていきました。農民から王室まで、同じ「茹でる」という調理法が幅広い階層に受け入れられた料理です。
現在でもピエモンテでは「グラン・ボッリート・ミスト・ピエモンテーゼ」として、高級レストランがこの料理を誇りを持って提供しています。格式あるレストランでは、ワゴンサービスでお客の目の前で肉の部位を説明しながら切り分けるというパフォーマンスも健在です。
農民の「残り物処理」が、ミシュランクラスの皿に乗るまでになったのです。これは使えそうです。
地球の歩き方|ピエモンテ郷土料理紀行!Bollito misto(ピエモンテ在住の特派員によるボッリート・ミストの本場レポート。7種のソースや現地の食べ方を詳しく解説)
サイゼリア好きなイタリアン通でも「ボッリートってポトフとどう違うの?」と思う人は少なくありません。見た目がよく似ているからです。しかしこの3つの料理は、哲学レベルで異なります。
まずポトフとの比較です。ポトフはフランス料理で「火にかけた鍋」を意味します。肉と野菜を同時に煮て、スープと具材を一緒に楽しむのがポトフの流儀です。塩やハーブで煮込みながら調味する点も特徴的で、食べるときにはすでに「完成した一皿」として出てきます。
一方でボッリートはまったく逆の発想です。肉は主役、スープは副産物として別利用することが多く、煮込み中はほぼ無塩のまま。食べるときに好きなソースを選んで味をつけるスタイルなので、「未完成のまま出てきて、食べる人が完成させる料理」とも表現できます。
おでんとの違いも面白いです。おでんはだし汁の味を食材にしみ込ませることが目的です。いわば「素材にだしを移す料理」。しかしボッリートは逆で「素材の旨みをスープに移す料理」です。方向性がまったく逆なのです。
日本人の感覚でいうと、おでんは「だしが主役」、ボッリートは「肉が主役」、ポトフは「スープと具材が共同主役」といったイメージです。素材を尊重する料理が基本です。
ピエモンテ州の正式なボッリート・ミストは、使う肉の数と添えるソースの数の多さで知られています。この情報を知ると「え、そんなに?」となる人がほとんどです。
まず肉の構成から。正式なグラン・ボッリート・ミストでは、牛の部位だけで7種類を使います。牛すね・牛肩・牛の三角バラ・中バラ・牛タン・牛テール・牛頭肉というラインナップです。さらにそこへ鶏(できればカッポネという去勢鶏)と、コテキーノというイタリア伝統のソーセージが加わります。合計9種類もの食材を使う豪華版が「本場のボッリート」なのです。
次にソースです。ピエモンテのボッリートに正式に合わせるソースは7種類。代表的なものはサルサ・ヴェルデ(パセリ・アンチョビ・ケイパーの緑ソース)、マスタード、ホースラディッシュ(西洋わさび)、バーニャカウダ風ソース、トマトベースのソースなどです。お店によって多少のアレンジはありますが、最低でも3種類は用意されているのが慣習です。
ここで重要な話です。冒頭でも触れたように、サルサ・ヴェルデなしでボッリートを食べるのは、おでんをからしなしで食べるのと同じ状態といえます。爽やかな酸味と香草のハーブ感が、肉の脂をさっぱり中和してくれる。この組み合わせを知らずに食べると、料理の本来の美味しさの大部分を取り損ねてしまうのです。
サルサ・ヴェルデが条件です。
モンテ物産|ボッリートミストとサルサヴェルデのレシピ(イタリア食材専門商社のモンテ物産による本格レシピ。食材選びのポイントも掲載)
サイゼリアでイタリア料理の美味しさに目覚めた人なら、ボッリートを自宅で再現したくなるはずです。実は材料のほとんどが近所のスーパーで揃います。
まず肉選びのポイントです。牛すね肉(約500g)は煮込むほど柔らかくなる部位で、スーパーで比較的手に入りやすい食材です。鶏もも肉(1枚・約300g)を追加すると風味がまろやかになり、2種類の肉の食感の違いも楽しめます。豚肩肉や市販のソーセージを加えれば、より本格的なミスト感が出ます。
火加減が命です。沸騰したらすぐに弱火に落とし、表面がかすかにゆれる程度(約90〜95℃)をキープします。強火でぐつぐつ煮込むと肉が硬くなり、スープも白く濁ります。アクをこまめに取り除くことで、琥珀色の澄んだブロード(だし)に仕上がります。
肉を入れる順番も重要です。牛肉から火入れをスタートし(約60分)、続いて豚肉を加え(約30分)、最後に鶏肉・ソーセージを追加する(さらに30〜40分)という時間差調理がコツです。すべてをいきなり投入すると火の通りがバラバラになります。
自宅でサルサ・ヴェルデを作るのも難しくありません。イタリアンパセリ1束、アンチョビ2枚、ケイパー大さじ1、ゆで卵1個、にんにく1片、オリーブオイル大さじ4をすべて刻んで混ぜれば完成です。ケイパーやアンチョビは輸入食品店やネット通販で入手可能で、一度買えばパスタや魚料理にも幅広く使える優れものです。
残ったスープは翌日のリゾットやパスタスープのベースに活用しましょう。肉のうまみが溶け込んだブロードは市販のだしに引けを取らない力強さがあります。1回の調理で2日分楽しめるのです。
イタリア・ジャッポーネ|ボッリートとサルサ・ヴェルデの作り方(イタリア在住ライターによる詳細解説。トスカーナ流との違いも紹介)
サイゼリアはイタリア発祥のファミリーレストランチェーンであり、その料理体系の多くが南イタリア〜中部イタリアにルーツを持ちます。ミラノ風ドリアやアランチーニなど馴染みのメニューはありますが、ボッリートのような北イタリア郷土料理はサイゼリアのメニューには登場しません。だからこそ「知っていると差がつく」知識になります。
北イタリア料理の特徴は南イタリアとは大きく異なります。北では山岳地帯の気候が厳しく、農作物よりも畜産物・乳製品・食肉加工品が中心。バターやチーズを多用し、スープや煮込み料理が食文化の核を担います。ボッリートはその代表格です。
一方でサイゼリアが得意とする南イタリア料理はオリーブオイル・トマト・魚介が主役。同じイタリア料理でも南北では食文化が別物といってよいほど差があります。
ボッリートを知ることは、イタリア料理の奥行きを2倍に広げることにつながります。サイゼリアでパスタやピザを楽しみながら「でも北イタリアには茹で肉文化がある」と知っているだけで、次のイタリアン体験がより豊かになります。
東京では神楽坂や代官山エリアに北イタリア郷土料理専門店が点在しており、冬季限定でボッリートを提供する店が複数あります。秋から冬にかけてメニューをチェックするのがおすすめです。お店を探す際は「ピエモンテ料理」「エミリア・ロマーニャ料理」といったキーワードを一緒に検索すると出会いやすくなります。
イタリア料理をより深く楽しみたいなら、まずボッリートとサルサ・ヴェルデをセットで覚えることが近道です。これだけ覚えておけばOKです。
ChefRepi|サルサヴェルデとは?その基本と歴史・国ごとの特徴の違いを解説(イタリアとメキシコのサルサヴェルデの違いも含め、ボッリートとの関係を丁寧に解説)