サイゼリヤの赤ワインを飲んでも頭痛になりにくいのは、スターター乳酸菌のおかげです。
マロラクティック発酵(Malolactic Fermentation、通称MLF)とは、ワインに含まれるリンゴ酸が乳酸菌の働きによって乳酸と炭酸ガスに分解される、ワイン醸造における二次発酵のことです。名前の「マロ(malo)」はリンゴ酸(malic acid)、「ラクティック(lactic)」は乳酸(lactic acid)を意味しており、この二つの酸のあいだで起きる変化がMLFの本質です。
サイゼリヤのキャンティ(1,100円ボトル)も、実はマロラクティック発酵後にステンレスタンクで6カ月熟成されて作られています。あの飲みやすいまろやかさは、MLFによってリンゴ酸が減少した結果なのです。つまり身近なところにMLFの恩恵はあります。
化学的に書くと、リンゴ酸は「COOH-CH₂-CHOH-COOH」という構造を持ちますが、乳酸に変わると「CH₃-CHOH-COOH+CO₂」になります。酸味の元となるカルボキシル基(COOH)が2つから1つに減るため、pHが上昇(アルカリ側に寄る)し、味わいとして感じる酸味がやわらぎます。難しい化学式は覚えなくてOKです。大事なのは「酸っぱさの数が半分になるイメージ」という理解で十分です。
リンゴ酸はリンゴをかじったときの強烈な酸味そのもので、ブドウの有機酸の約90%以上を酒石酸と合わせて占めています。この鋭い酸味は赤ワインのタンニンや果実味と相性が悪く、MLFを経ることではじめて飲みやすいバランスに整います。そういう意味で、MLFはワインを「飲める状態」に整える重要な工程です。
なお、MLFはアルコール発酵(一次発酵)が終わった後に行われるのが一般的ですが、「コ・イノキュレーション」という手法を使い、アルコール発酵中(酵母添加から24〜48時間後)に同時スタートする方法も近年では普及しています。これにより発酵期間の短縮と微生物リスクの低減が同時に実現できます。意外ですね。
きた産業:ワイン醸造の基礎 第3回 ─ マロラクティック発酵の話(PDF)
※MLFの仕組み・乳酸菌の働き・実際の管理ポイントが専門的に解説されています。醸造に関心がある方には特におすすめのPDF資料です。
MLFの始め方には大きく分けて2つあります。「スターター(市販乳酸菌)を人工的に添加する方法」と、「ワインに自然に存在する乳酸菌によって自然発生を待つ方法」です。どちらを選ぶかは、生産者が目指すワインのスタイルによって変わります。
自然発生型は、テロワール(土地の個性)がそのまま反映されやすく、個性的なワインになりやすい半面、発酵が不安定になるリスクがあります。発酵が始まらなかったり、望ましくない野生の乳酸菌が増殖して「欠陥臭」が発生したりすることも珍しくありません。
スターター添加型は、品質が安定しやすく、狙った風味に仕上げやすいというメリットがあります。現在市販されているスターター乳酸菌には、頭痛の原因とされる生体アミン(チラミン・ヒスタミンなど)をほとんど生成しない菌株も選べるようになっています。この点がとても重要です。自然派ワインはMLFにも野生乳酸菌を使うケースが多く、結果として生体アミンが生成されやすい状況になることがあります。「自然派ワインのほうが体に優しい」という先入観が必ずしも正しいとは言えないのです。
スターター添加の手順は、アルコール発酵終了後にワインをタンクに移し、乳酸菌スターターを投入するのが基本です。タンク1,000Lに対してスターターは約1mlという、非常に少量が使われることも多く、少量の菌がワイン全体を変えていきます。その後は温度管理と定期的なモニタリングを行いながら、リンゴ酸がほぼゼロになった時点で終了させます。
| 方法 | 特徴 | リスク |
|---|---|---|
| 自然発生型 | テロワールが反映されやすい | 不安定・欠陥臭が出やすい |
| スターター添加型 | 品質が安定・狙った風味に近づく | 個性がやや出にくいことも |
| コ・イノキュレーション | 発酵期間を短縮・早期安定化 | タイミング管理が難しい |
スターター乳酸菌が選べる時代というのは、生産者にとっては大きな恩恵です。
MLFをうまく進めるうえで、温度管理は最重要事項です。乳酸菌が活発に活動する温度帯は10〜25℃とされており、この範囲でMLFはスムーズに進行します。一般的には18℃前後が最も活発とされています。
MLFにかかる期間は、通常数週間〜数ヶ月です。温度が低いほど発酵はゆっくり進み、高いほど速く進む傾向があります。ただし25℃を大幅に超えると乳酸菌の活動が乱れ、オフフレーバー(不快臭)が発生するリスクが上がるため、上限管理も重要です。発酵速度が条件です。
具体的なポイントをまとめると以下のとおりです。
進捗確認の方法として、ペーパークロマトグラフィーは特に現場で使いやすい手法です。リンゴ酸・乳酸・酒石酸のスポットが専用の溶媒で分離され、リンゴ酸のスポットが消えたことを目視で確認できます。これは使えそうです。
また、MLFを「やりすぎ」てしまうことも問題です。ダイアセチル(バター香の元となる成分)がカベルネ・ソーヴィニョンでは3mg/Lを超えると欠陥とみなされ、ピノ・ノワールでは1mg/Lが目安とされています。過剰なMLFは缶詰のバターのような不快な香りを生み出してしまうため、適切なタイミングで止める判断が必要です。
Wine Load:マロラクティック発酵の仕組みやメリット・デメリット
※MLFの効果と欠陥臭のリスクをバランスよく解説している日本語記事です。スターター乳酸菌の説明も分かりやすくまとめられています。
すべてのワインにMLFが必要なわけではありません。リースリングやソーヴィニヨン・ブランのようなアロマティック品種では、リンゴ酸由来のシャープな酸味こそが品種の個性です。この酸を意図的に「残す」ために、MLFをブロックする技術が使われています。MLFを止める判断が原則です。
主な方法は3つあります。
近年、気候変動の影響で夏の気温が上がり、ブドウ成熟期にリンゴ酸が急激に失われるケースが増えています。以前はMLFによって酸を下げることが目的だったのが、今では「MLFをしてしまうとワインの酸が足りなくなる」という逆の問題が起きているのです。これにより、かつては積極的にMLFを行っていたシャルドネやヴィオニエなどの白ワイン生産者の一部が、あえてMLFをブロックする方向にシフトしています。
なお、一度失われたリンゴ酸を人工的に補うことはできません。EU規制では酒石酸の添加は厳しい条件下でのみ認められており、リンゴ酸そのものの補充は現状では不可能です。だからこそMLFのコントロールは一発勝負であり、生産者にとって非常に重要な判断です。亜硫酸管理に注意すれば大丈夫です。
サイゼリヤのキャンティ(キャンティ・ラファエロ、1,100円)は、トスカーナ地方で19世紀末から続くカンティーナ・ベリーニが生産するDOCG認定ワインです。手摘みしたサンジョヴェーゼ80%・コロリーノ10%・カナイオーロ10%のブドウを使い、18日間のマセラシオン(果皮浸漬)後にMLFを実施、その後ステンレスタンクで6カ月熟成させて仕上げられています。この工程こそが、あのまろやかな飲み口の理由です。
MLFを知っていると、ワイン選びで得をする場面があります。たとえば以下のような使い分けができます。
サイゼリヤの100円グラスワイン(ハウスワイン)も、実はイタリア現地のワイナリーと直接契約し、流通市場を通さないことでコストを抑えた本格ワインです。グラス100円であっても、MLFをはじめとした醸造工程は手を抜いていません。コスパがいいのはそのためです。
家でサイゼリヤのボトルワインを飲むなら、冷蔵庫から出したてではなく15〜18℃程度に温度を少し戻してから飲むと、MLFで生まれたバター香や果実香が開いて格段においしくなります。これは覚えておけばOKです。実際に試した人のブログレポートでも、「店内より自宅で飲んだほうが味が変わった」という声があるほどで、温度がMLFの香りの出方を左右することが体感できます。
日本ワイン店じゃん:ワインの製法「マロラクティック発酵」はどんな手法?その効果は?
※MLFを分かりやすく解説した日本語記事。赤・白ワインへの効果の違いや、コ・イノキュレーションの手法まで丁寧にまとめられています。